「仕事」が充満していた家の中で
父は塗装職人です。腕は確かで、朝から晩まで現場に出る人でした。母はその裏側を、全部支えていました。事務処理、銀行対応、税理士とのやり取り。それだけではなく、家事も、子育ても、介護も。学歴がなかった両親は、働くことでしか家族を守る術を知らなかった。だから、ただひたすら働きました。
おかげで、僕自身は不自由なく育ててもらいました。でも、家の中にはいつも「仕事」が充満していました。忙しい両親を前に、好きなことややりたいことを口にする空気ではなかった。どこかずっと遠慮して生きてきた気がします。
何十年も経ってから届く「しわ寄せ」
大学卒業後、年商200億円企業で経営管理・財務に携わり、住宅営業では地域トップの成績を残しました。数字の読み方、事業の組み立て方、お金の流れの設計。社会に出てから身につけたそれらは、両親にはなかったものでした。
そしてあるとき、現実を突きつけられます。高齢になっても、両親はまだ現役で働いている。辞めたくても辞められない。お金の構造が整っていないから、仕事を手放すという選択肢が取れない。経営に構造がないことのしわ寄せは、何十年も経ってから届くのだと知りました。
病室で気づいたこと
独立直後、僕自身もセルフブラック状態に陥り、1ヶ月以上の入院を経験します。病室でようやく気づいたのは、「努力が足りなかったのではなく、経営の構造が間違っていた」という事実でした。退院後、自分の経営構造を芯から整え直した結果、売上は前年比3倍・業務時間は3分の1に。
だから僕は、経営者に「もっと頑張れ」とは言いません。あなたを変える必要はない。変えるのは、その周りの環境です。「一回のご縁で一生の協力者となる。」——それを信条に、今日も穏やかに、横で伴走しています。
